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東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)189号 判決

原告

岡崎一雄

被告

特許庁長官

主文

特許庁が昭和56年審判第17243号事件について昭和58年7月12日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  原告

主文同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和52年5月17日、名称を「自動車用温熱シート」とする考案(以下「本願考案」という。)について実用新案登録出願(昭和52年実用新案登録願第63674号)をしたところ、昭和56年6月4日拒絶査定があつたので、同年8月18日審判を請求し、同年審判第17243号事件として審理された結果、昭和58年7月12日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年9月16日原告に送達された。

2  本願考案の要旨

耐熱性と電気絶縁性を有する繊維(4)に、可撓性の芯線(7)外周に導電性被膜(8)を設けた発熱素線(5)を並列に織り込むと共に、可撓性の巻芯(9)に螺旋状に細い金属線体(10)を巻装した電極素線(6)を前記発熱素線(5)と交絡するように織り込んだ面発熱体(2)を、柔軟性を有するシート体(3)(3)'内に装着すると共にサーモスタツト(S)、電圧調整器(V)および電源スイツチ(SW)に接続したことを特徴とする自動車用温熱シート。(別紙図面(1)参照)

3  審決の理由の要点

本願考案の要旨は前項記載のとおりと認める。

昭和38年実用新案出願公告第28383号公報(以下「第1引用例」という。)には、普通糸で切断部又は模様部3と普通糸4と導電性物質の微粉末と熱可塑性樹脂との混合物にて合成繊維糸を被覆加工することによつて作られる発熱糸1と電極としての細く柔軟なる金属線2とを配列して編織構造にした電極入発熱編織物が記載されている。また、昭和40年実用新案出願公告第3334号公報(以下「第2引用例」という。)には、金属細線1と紡糸2と紡糸3とが撚り合わされてなる半導電性織布用電極糸が記載されている。

そして、本願考案と第1引用例記載事項とを対比すると、本願考案の繊維、芯線、導電性被膜、発熱素線、電極素線、面発熱体は第1引用例の普通糸で切断部又は模様部及び普通糸、合成繊維糸、導電性物質の微粉末と熱可塑性樹脂との混合物、発熱糸、金属線、電極入発熱編織物にそれぞれ相当し、両者は、耐熱性と電気絶縁性とを有する繊維に可撓性の芯線外周に導電性被膜を設けた発熱素線を並列に織り込むとともに、可撓性の細い金属線体の電極素線を前記発熱素線と交絡するように織り込んだ面発熱体である点で一致しているが、(1)電極素線が、本願考案では可撓性の巻芯に螺旋状に細い金属線体を巻装したものであるのに対して、第1引用例では細く柔軟なる金属線である点、(2)面発熱体が、本願考案では柔軟性を有するシート体内に装着されているとともにサーモスタツト、電圧調製器及び電源スイツチに接続されている点、及びそれが自動車用温熱シートに使用されるものであるのに対して、第1引用例ではそのような構成を欠く点で一応相違が認められる。

そこで、前記相違点について検討すると、(1)の点について、金属細線と紡糸とを撚り合わされて構成した電極糸が第2引用例に示されており、また、本願考案において電極素線を構成するに当たつて本願考案のように限定した格別の作用効果も認められないから、本願考案は、第2引用例の電極糸を第1引用例の金属線に単に適用することによつて、当業者がきわめて容易になし得たものと認められる。(2)の点について、面発熱体を柔軟性シート内に装着するとともにサーモスタツト、電圧調製器及び電源スイツチに接続することは本出願前周知(一例として示せば昭和50年実用新案出願公開第47708号公報参照)であり、それを自動車用温熱シートに使用する程度のことは単なる用途の転用の域を出ない。

したがって、本願考案は、各引用例、及び周知事項に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであるから、実用新案法第3条第2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決は、本願考案と第1引用例に記載のものとの間の相違点の(1)として、本願考案では、電極素線(6)が可撓性の巻芯(9)に螺旋状に細い金属線体(10)を巻装したものであるのに対して、第1引用例に記載のものでは、本願考案の電極素線(6)に対応する金属線が細く柔軟なる金属線である点を認定した上、この相違点について、「金属細線と紡糸とを撚合されて構成した電極糸が第2引用例に示されており、また、本願考案において電極素線を構成するに当たつて本願考案のように限定した格別の作用効果も認められないから、本願考案は、第2引用例の電極糸を第1引用例の金属線に単に適用することによつて、当業者がきわめて容易になし得たものと認められる。」と認定したが、これは、本願考案と第2引用例に記載のものとの技術内容の差異を誤認し、かつ、本願考案によつて奏される格別の作用効果を看過したことにより、誤つて本願考案の進歩性を否定したものであるから、審決は取り消されるべきである。すなわち、

1 本願考案においては、本願明細書に「電極素線(6)は可撓性を有するナイロン等の耐熱性の巻芯(9)の外周に金属細線の金属線体(10)を螺旋状にしてなり」とある記載(甲第2号証第4頁第9行ないし第12行、甲第7号証第2頁(2))、及び本願明細書の図面(本判決別紙図面(1))の第2図からして、電極素線(6)は、可撓性の巻芯(9)に比して細い金属線体(10)を螺旋状に巻き付けたものである。金属線体(10)が直線状であると電極素線(6)の曲げがそのまま金属線体(10)に掛かるが、金属線体(10)が螺旋状であると、電極素線(6)の曲げがあつても金属線体(10)の螺旋間隔(コイルピツチ)が変わり、金属線体(10)が若干捩れるだけである。したがつて、金属線体(10)は屈曲性、柔軟性に富み、断線するおそれはない。

これに対し第2引用例に記載のものでは、金属細線1と紡糸2とを撚り合わせて撚条とし、さらにこの撚条と別の紡糸3とを反対方向に撚り合わせたものである(別紙図面(2)参照)。すなわち、①金属細線1は紡糸2と撚り合わされており、②金属細線1は紡糸2と撚り合わされたものに、更に、別の紡糸3と撚り合わされており、③さらに、金属細線1は別の紡糸3と撚り合わせられるときは、金属細線1と紡糸2との撚糸の撚り方向と反対方向に撚り合わされて、強固に撚り合わされているため、電極糸の曲げに対して金属細線1が直接そのまま曲がり、本願考案のもののように屈曲性、柔軟性に富むようなことはなく、断線のおそれがある。

2 本願考案において、電極素線(6)は、可撓性を有する巻芯(9)の外周に螺旋状に細い金属線体(10)を巻装して成るものであつて、芯体となる直線状の巻芯(9)の外周面に、巻芯(9)に比して細い金属線体(10)を螺旋状に巻き付けたものであり、金属線体(10)は、第2引用例に記載のものの金属細線1のような撚り合わせたものに比して、発熱素線(5)との接触面積が広くて接触抵抗が小さく全面均一な発熱をする。このことを別紙図面(3)によつて説明すると、次のとおりである(以下、本項においての図面の表示は、別紙図面(3)のものを指す。)。

まず第1図に示すように、本願考案の面発熱体(2)は電極素線(6)と発熱素線(5)とが交絡するように織り込んで成る。そして、第2引用例に記載のものでは、第2図に示すように電極糸の金属細線1は紡糸2、3と撚り合わされたものであるのに対して、本願考案では第3図に示すように電極素線(6)の金属線体(10)は巻芯(9)に螺旋状に巻き付けられたものである。

より具体的にみると、第2引用例に記載のものでは、その実施例にあるように、直径0.0355mmの錫メツキ軟銅線(第2図の1)を幅約5×10-2mm、厚さ約2×10-2mmの偏平な線に加工したものを100Dのビニロン糸(第2図の2)と450回/m右撚りに撚り合わせた後、さらにそれと100Dのビニロン糸(第2図の3)とを300回/m左撚りに撚り合わせて電極糸(本願考案の電極素線(6)に相当する。)としたもので、極細の線材(金属細線1)が3mm/回程度に撚り合わされたものである。したがつて、第2引用例に記載のものは、第4図に示すように金属細線1が発熱素線(第2引用例に記載のものでは、半導電性紡糸)に対してほぼ直交状となる。

これに対し本願考案では、金属線体(10)を巻芯(9)に螺旋状に巻装し、一定以上のコイルピツチであると金属線体(10)が巻芯(9)上を滑つて巻き付けが不可能なため、必然的に第5図に示すように金属線体(10)が発熱素線(5)にほぼ平行となつている。そして、本願考案の金属線体(10)が巻き付けられるコイルピツチは第2引用例に記載のものの金属細線1のそれより小さいこと、電極素線(6)と発熱素線(5)とは織り込まれていること、電極素線(6)と発熱素線(5)とは可撓性を有することの諸点からして、本願考案における金属線体(10)の方が、第2引用例に記載のものにおける金属細線1に比して発熱素線(5)(第2引用例に記載のものでは、半導電性紡糸)との接触面積が広いということになり、これによつて全面均一の発熱が可能となるのである。

第3請求の原因に対する認否および被告の主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  同4は争う。審決の認定、判断に誤りはなく、原告が主張する審決の取消事由は理由のないものである。

1 原告は、本願考案と第2引用例記載のものとの技術内容の差異として、本願考案におけるものでは、電極素線(6)の曲げに対して、金属線体(10)は屈曲性、柔軟性に富み、断線するおそれはないのに反し、第2引用例に記載のものでは、電極糸の曲げに対して金属細線1が直接そのまま曲がり、本願考案のもののように屈曲性、柔軟性に富むようなことはなく、断線のおそれがあると主張する。

第2引用例には、偏平な金属細線1と紡糸2との撚条が、該撚条と反対方向に別の紡糸3と撚り合わされてなる電極糸が記載されているところ、紡糸が可撓性を有すること及び撚条における撚り合わされた素材が螺旋状を呈することは技術常識であるので、この撚条は明らかに可撓性の紡糸に細い金属線体を巻装したものである。

そして、本願明細書には、可撓性の巻芯(9)に螺旋状に細い金属線体(10)を巻装することに関し、螺旋の形状、巻芯(9)の構造、巻芯(9)と金属線体(10)との巻装関係を特定すべき開示はなく、それらを推認できる作用効果についての記載もない。したがつて、本願考案における電極素線(6)が、巻芯(9)と金属線体(10)が撚合状態にあるもの及び他の紡糸を重ねて撚り合わせたものを積極的に排除しているものとは解されず、第2引用例に記載のものの電極糸は本願考案の電極素線(6)の構造を充足しているものと解される。

仮に、本願考案における巻芯(9)が直線状のもののみを意味し、撚り合わせたものと異なるとしても、巻装された金属線体(10)の状態に差異はなく、本願考案における電極素線(6)と第2引用例に記載のものの電極糸との間で、それぞれの構成を限定したことに基づく作用効果に差異が生ずるものではない。すなわち、原告が主張する「金属線体(10)が螺旋状であると、電極素線(6)の曲げがあつても金属線体(10)の螺旋間隔(コイルピツチ)が変わり、金属線体(10)は若干捩れるだけである。したがつて、金属線体(10)は屈曲性、柔軟性に富み、断線するおそれはない。」という作用効果は、金属細線1が撚られた、つまり螺旋状を有する第2引用例に記載のものの電極糸においても奏されることが明らかであつて、本願考案の電極素線(6)と第2引用例に記載のものの電極糸の構成上の区別は構造の微差というべきである。

2 原告はまた、本願考案において、金属線体(10)は、第2引用例に記載のものの金属細線1に比して、発熱素線(5)との接触面積が広くて接触抵抗が小さく全面均一な発熱をすると主張する。そして原告の右主張は、次の(1)、(2)の点を根拠とするものと解される。

(1)  本願考案では、金属線体(10)が発熱素線(5)に対してほぼ平行状であるのに対し、第2引用例に記載のものでは、金属細線1が半導電性紡糸に対してほぼ直交状である。

(2)  本願考案では、金属線体(10)が巻芯(9)に螺旋状に巻装され、螺旋間隔(コイルピツチ)が小さいのに対し、第2引用例に記載のものでは、金属細線1が紡糸2、3に撚り合わされ、撚り間隔(コイルピツチに相当する。)が大きい。

まず(1)の点については、金属線体(10)・金属細線1が発熱素線(5)・半導電性紡糸に対して平行状であるか、直交状であるかは、もともと金属線体(10)・金属細線1と発熱素線(5)・半導電性紡糸が、(直交状に)交絡するように織り込まれるものであることから、巻芯(9)・紡糸に巻装・撚り合わされた金属線体(10)・金属細線1の螺旋又は撚りの電極素線(6)・電極糸に対する傾斜角度、すなわち、螺旋又は撚りの密度(単位長さ当たりの回数)・間隔に依存するものと解されるところ、本願考案において、巻芯(9)に巻装された金属線体(10)の螺旋密度又は螺旋間隔(コイルピツチ)についての特定はなく、かつ第2引用例に「各撚合の回数も変えて実施することを得るものである。」(甲第4号証第1頁右欄第21、第22行)という記載がある以上、本願考案のものの金属線体(10)が第2引用例に記載のものの金属細線1に比して螺旋又は撚り密度が大きいとか、螺旋又は撚り間隔(コイルピツチ)が狭いということはできない。したがつて、本願考案のものと第2引用例に記載のものとの間において、本願考案では、金属線体(10)が発熱素線(5)に対してほぼ平行状であるのに対し、第2引用例に記載のものでは、金属細線1が半導電性紡糸に対してほぼ直交状であるということはできない。

次に(2)の点のうち、本願考案の金属線体(10)が巻芯(9)に螺旋状に巻装されているのに対し、第2引用例に記載のものの金属細線1が紡糸2、3に撚り合わされているとの点については、それぞれそのように限定したことに基づく作用効果に差異がなく、構造の微差にすぎないこと前記1で述べたとおりであり、また、螺旋(撚り)間隔(コイルピツチ)の大小の点については、右(1)の点について述べたとおりである。

また、原告は、本願考案では、金属線体(10)を巻芯(9)に螺旋状に巻装し、一定以上のコイルピツチであると金属線体(10)が巻芯(9)上を滑つて巻き付けが不可能なため、必然的に別紙図面(3)の第5図に示すように金属線体(10)が発熱素線(5)にほぼ平行となつていると主張するが、巻装の手段については本願明細書に開示がないし、螺旋のコイルピツチの大小は本願考案に欠くことのできない構成に直接関連するものとは解されず、原告の右主張も理由がない。

第4証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願考案の要旨)及び3(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1 原告はまず、本願考案と第2引用例に記載のものとの技術内容の差異として、本願考案におけるものでは、電極素線(6)の曲げに対して、金属線体(10)は屈曲性、柔軟性に富み、断線するおそれはないのに反し、第2引用例に記載のものでは、電極糸の曲げに対して金属細線1が直接そのまま曲がり、本願考案のもののように屈曲性、柔軟性に富むようなことはなく、断線のおそれがあると主張し、これに対し被告は、「本願考案における電極素線(6)が、巻芯(9)と金属線体(10)が撚合状態にあるもの及び他の紡糸を重ねて撚り合わせたものを積極的に排除しているものとは解されず、第2引用例に記載のものの電極糸は本願考案の電極素線(6)の構造を充足しているものと解される。」と主張する。

そこでこの点について判断するに、成立に争いのない甲第2号証及び甲第7号証によると、本願明細書の実用新案登録請求の範囲に、「可撓性の巻芯(9)に螺旋状に細い金属線体(10)を巻装した電極素線(6)」との記載があり、考案の詳細な説明中に「電極素線(6)は可撓性を有するナイロン等の耐熱性の巻芯(9)の外周に金属細線の金属線体(10)を螺旋状に巻装してなり」との記載(甲第2号証第4頁第9行ないし第12行、甲第7号証第2頁(2))があることが認められる。

この記載によつてごく普通に表現されているものは、主である巻芯(9)に、従である細い金属線体(10)が巻装され、金属線体(10)のみが螺旋状になつたものであつて、この記載が、金属線体(10)の巻装によつて巻芯(9)自体も大幅に変形し、あるいは螺旋状になつてしまつたようなものまでも包含して表現しているものと解されない。しかも右甲号各証によると、本願考案の唯一の実施例を図示した本願明細書の図面(本判決別紙図面(1))第2図においては、右にみたように、主である巻芯(9)に、従である細い金属線体(10)が巻装され、金属線体(10)のみが螺旋状になつたものが表示されていることが認められるから、実用新案登録請求の範囲において、前記記載以上に、可撓性の巻芯(9)に螺旋状に細い金属線体(10)を巻装することに関し、螺旋の形状、巻芯(9)の構造、巻芯(9)と金属線体(10)との巻装関係を特定すべき事項が開示されていなくても、金属線体(10)の巻装によつて巻芯(9)自体も大幅に変形し、あるいは螺旋状になつてしまうようなものまでも包含しているとは解されない。

そして、成立に争いのない甲第4号証によると、第2引用例には、「偏平な金属細線1と紡糸2の撚条が、該撚と反対方向に別の紡糸3と撚合されてなる電極糸である。」との記載(甲第4号証第1頁左欄下から第5行なしい第3行)があることが認められ、これに同号証により認められる第2引用例の第1図(別紙図面(2)の第1図)をも照らし合わせると、第2引用例に記載のものでは、紡糸2、3との撚合によつて、金属細線1は大幅に変形し、金属細線1と紡糸2、3の3本の線の間には、特に主従の関係はないことが認められる。たとえ紡糸が可撓性を有すること及び撚条における撚り合わされた素材が螺旋状を呈することは技術常識であるとしても、第2引用例に記載のものの撚条を可撓性の紡糸2、3に細い金属細線1を巻装したものとみるのは相当でない。

そうすると、被告が主張するように、第2引用例に記載のものの電極糸は本願考案の電極素線(6)の構造を充足しているものと解されるということはできないというべきである。原告は、本願考案では、「金属線体(10)が螺旋状であると、電極素線(6)の曲げがあつても金属線体(10)の螺旋間隔(コイルピツチ)が変わり、金属線体(10)が若干捩れるだけである。したがつて、金属線体(10)は屈曲性、柔軟性に富み、断線するおそれはない。」という作用効果があると主張し、これに対し被告は、原告が主張する右作用効果は、「金属細線1が撚られた、つまり螺旋状を有する第2引用例に記載のものの電極糸においても奏されることが明らかであ」る旨主張する。

原告が主張する本願考案の右作用効果については、前掲甲第2号証及び甲第7号証によつて認められる本願明細書の次の記載、すなわち、「本考案は上述のように、繊維に発熱素線と巻芯の外周に金属細線の金属線体を螺旋状に巻装した電極素線とが交絡するように織り込んだ面発熱体をシート体内に装着した自動車用温熱シートであるから、自動車のシートの形状および運転者・乗務員の身体に適合する可撓性・柔軟性を有する。」との記載(甲第2号証第6頁第11行ないし第15行、甲第7号証第2頁(3))から当然に読み取ることができるところ、本願考案の右作用効果は、外部からの曲げあるいは引張りの力が、従である細い金属線体(10)よりも太く、螺旋状となつていない主である巻芯(9)に専ら支えられ、これに巻装されている金属線体(10)には、せいぜい捩りの力しか加わらないことによつてもたらされるものと認めるのが相当である。これに対し、第2引用例に記載のものにおいては、さきにみたとおり、金属細線1と紡糸2、3の3本の線に特に主従の関係がなく、共に螺旋状になつており、このようなものにあつては、外部からの力はこの3本に同じように掛かるものと認められるから、第2引用例に記載のものに、本願考案における前記作用効果が奏せられることを期待することはできないものというべきである。そしてまた、成立に争いのない甲第3号証によると、本願考案における電極素線(6)は、審決が認定したとおり、第1引用例に記載のものにおける電極としての「細くて柔軟なる金属線2」(甲第3号証第1頁左欄第5行ないし第6行)に相当するものであることが認められるところ、この単なる金属線2には、外部からの曲げあるいは引張りの力が直接に掛かることは、当然の技術常識であるから、本願考案における右作用効果は、第1引用例に記載のものに比べても、格別のものがあるというべきである。

以上によれば、本願考案において金属線体(10)を巻芯(9)に巻装したものを電極素線(6)とし、また、第2引用例に記載のものにおいて金属細線1に紡糸2、3を撚り合わせたものを電極糸としたことに基づく作用効果に差異がなく、本願考案の電極素線(6)と第2引用例の記載のものの電極糸の構成上の区別は構造の微差にすぎないとする被告の主張は失当である。

2 次に原告は、第2引用例に記載のものでは金属細線1が半導電性紡糸にほぼ直交状になつているのに対し、本願考案では、金属線体(10)が発熱素線(5)にほぼ平行となつていること、また、本願考案の金属線体(10)が巻き付けられるコイルピツチは第2引用例に記載のものの金属細線1のそれより小さいことなどから、本願考案の金属線体(10)は、第2引用例に記載のものの金属細線1に比して、発熱素線(5)との接触面積が広くて接触抵抗が小さく全面均一な発熱をするという作用効果を奏すると主張するので、これについて検討する。

まず第2引用例に記載のものにおいては、さきに判示したとおり、紡糸2、3と金属細線1の3本の線は特に主従の関係なく撚り合わされているのであるから、その撚り間隔(コイルピツチ)はかなり大きくなり、電極糸と交絡するように織り込まれた半導電性紡糸と電極糸の金属細線1とは、平行状というよりは、直交状に近い状態の関係にあるものと認められる。

これに対して、本願考案にあつては、前判示のとおり、主になつている、変形しない、あるいは螺旋状になつていない巻芯(9)に、従となつている細い金属線体(10)が螺旋状に巻装されているのであるから、技術常識的にみても金属線体(10)の螺旋間隔(コイルピツチ)は第2引用例に記載のものの金属細線1の撚り間隔(コイルピツチ)ほど大きいものとは考えられず、また、金属線体(10)が発熱素線(5)と接触するものであることを考え合わせると(すなわち、螺旋間隔((コイルピツチ))を大きくすると、発熱素線(5)からみて、金属線体(10)の走行していない電極素線(6)の部分も長くなり、そこでの発熱素線(5)の金属線体(10)の接触の機会が少なくなるが、螺旋間隔((コイルピツチ))が小さくなると、金属線体(10)の走行していない部分も短くなり、発熱素線(5)は、いずれかの金属線体(10)と接触することになる。)、金属線体(10)は、本願考案の唯一の実施例である本願明細書の図面(本判決別紙図面(1))第2図に記載の程度のもの、つまり、発熱素線(5)に対し、直交状というよりは、平行状に近い状態にあるものと認めるのが相当である。

以上のとおりであつて、本願考案のものが第2引用例に記載のものに比して、金属線体(10)(金属細線1)の螺旋(撚り)間隔(コイルピツチ)が狭く、また、第2引用例に記載のものでは金属細線1が半導電性紡糸にほぼ直交状になつているのに対し、本願考案のものでは、金属線体(10)が発熱素線(5)にほぼ平行となつているのであり、これらの点からすると、本願考案における金属線体(10)は、第2引用例に記載のものの金属細線1に比して、発熱素線(5)との接触面積が広くて接触抵抗が小さく全面均一な発熱をするという作用効果を奏するものというべきである。右作用効果は、本願明細書に記載された前認定の技術内容、とりわけ金属線体(10)を螺旋状に巻芯(9)に巻き付ける構成並びに前掲甲第2号証によつて認められる本願明細書の「発熱素線が並行に織り込まれているので、温熱シート表面の発熱温度の分布が均一で、ムラなく加温できる。」との記載(甲第2号証第6頁第16行ないし末行)から読み取ることができる。

なお、前掲甲第3号証によると、第1引用例に記載のものにおける、本願考案の電極素線(6)と金属線体(10)の双方に相当する金属線2は、織物においては、別紙図面(4)の第1図に記載のとおり、本願考案の発熱素線(5)に相当する発熱糸1と直交状となつており、編物においては、別紙図面(4)の第2図に記載のとおり、発熱糸1と直交状となつているか、平行状となつているか、必ずしも明確でなく、少なくとも平行状を確保するための特段の技術手段は施されていないことが認められる。このように、第1引用例に記載のものでは、本願考案におけるように、本願考案の電極素線(6)と金属線体(10)の双方に相当する金属線2が、本願考案の発熱素線(5)に相当する発熱糸1にほぼ平行状となつていることに基づく作用効果を奏するかどうか明確でないのであり、金属線体(10)が発熱素線(5)にほぼ平行状となつている本願考案の作用効果は、このような第1引用例に記載のものに比して、第2引用例に記載のものとの関係でみたのと同様に、格別のものというべきであることを付言しておく。

3  してみれば、審決は、本願考案のものと第2引用例に記載のものの技術内容の差異を誤認し、かつ本願考案によつて奏される格別の作用効果を看過したものというべきであつて、この誤りは、(1)の相違点について、「本願考案は、第2引用例の電極糸を第1引用例の金属線に単に適用することによつて、当業者がきわめて容易になし得たものと認められる。」として本願考案の進歩性を否定した審決の結論に影響を及ぼすべきものであるから、審決は取消しを免れない。

3  よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(蕪山嚴 竹田稔 塩月秀平)

〈以下省略〉

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